手に入れた鍵は派手に装飾されていて、
ずしりと重たい感触がした。
端々できらびやかに輝くその様子は
殺風景なダンジョンの中で異彩を放っていて、
色とりどりの世界 ―― 地上の世界を、ふと思い出してしまう。
じっと鍵を見つめるジュナに気づき、俺は鍵を手渡す。
「ずいぶんきれいな鍵ねぇ。鍵にしておくのが勿体ないくらいだわ」
言うが早いが、ジュナは鍵に麻ひもを通して、首にぶら下げていた。
「どうっ? 似合ってる?」
「んー、まあ」
「ふーん、 …ありがと」
はしごを下り、一度ループしてから再び上ると、
扉のある行き止まりに無事戻ることができた。
「さて、これでやっとこの扉が開くわね」
ジュナは首にかけた鍵を扉に差し込もうとした。
「ちょっと待ったぁー!!」
「えっ!?」
「その鍵を渡しなさい」
俺はジュナから鍵を取り上げ、扉に差し込んだ。
次の瞬間、轟音が響き渡ったかと思うと
ものすごい勢いで扉が横スライドし、
ささった鍵もろとも戸袋の中に吸い込まれて…いかなかった。
扉は奥の方へ、静かに開いた。
…まあ用心に越したことは、ない。
俺は鍵を抜き、怪訝な顔をしているジュナに返す。
扉の奥は真っ暗だった。
差し込んだ光によって、そこがかなり広い空間であることが伺える。
深く注意を払いながら、二人は部屋の中へと足を踏み入れた。
突然、部屋が明るくなった。
そして広い円形の部屋の奥から、
二人と背丈を並べる巨大なクモが襲いかかってきた。
俺があたふたと剣を抜いている間に、
ジュナは素早く身構えていた。
「虫! 嫌いなんじゃないの!?」
「えーと! ここまで大きいと、何ていうか、逆にっ!」
ドゴッ。
ジュナのトリプルエッジが、クモの土手っ腹に炸裂した。
もがく暇もなく、クモは地面にくずれ落ちる。
うーん、恐ろしい。クモじゃなくてジュナが。
と、その時、クモの背中に隠れていた子グモの群れが、
攻撃の反動でバランスをくずしたジュナに、一斉に飛びかかった。
「危ない!ジュナ!!」
俺は左手でジュナを受け止め、右手で必死に剣を振った。
剣の当たった一匹が地面に叩きつけられると、
残りはクモの子を散らすように逃げていった。
「…ジュナ、大丈夫か!?」
「うん…ありがと、シュウ。 …あっ」
「…?」
「ちょっ、シュウ…手が…」
「わっ、…ご、ごめんっ」
幸いジュナに怪我はなく、少し休んだ後、改めて部屋を見回した。
一番奥の方の壁に紋様が掘られていて、よく見ると、
その一部が扉の形に浮き上がっていた。
広い部屋を、ゆっくりと横切っていく。
「…ねえ、シュウ。あたしね、この鍵を見た時から、何となく考えてたの。
このダンジョンも、そろそろ出口が近いんじゃないかって。
もう随分、二人で進んできたよね。
あたしがモンスターを倒したり、シュウが謎を解いたり、
…その逆も少し、ね。
もしかしたら、もうその扉の先が、地上につながってるかもしれない。
それでね、シュウ。地上に出たらさ、あたし…
あたしは…
…ううん、ごめん、何でもないの。さ、早くあの扉を開けよっ」
一面の紋様に同化した扉だったが、
そこにだけ、何か周りとは違う気配が漂っていた。
特に仕掛けはなかったが、扉は重く、一人の力では開けられなかった。
「いくよ、せーの!」
扉はゆっくりと開き始めたが、押すにしたがってその重みは増していった。
二人の息が、次第に上がっていく。
ぎりぎり通れる隙間ができた所で、一斉にそこへ飛び込んだ。
ドスン、と音が響いて、背後で扉が閉じた。
しばらくして、ようやく息が整い、顔を上げる。
「…あ」
長くまっすぐな通路が、見えなくなる位に奥の方まで続いていた。
そして一定の間隔で立つ扉。
扉の数を数えようとする前に、全身の力が抜け、俺は地面に寝転んだ。
すぐ前に、ジュナの顔があった。
「はは… こりゃひどいね」
「あー、なんかもう、当分立ち上がれそうにないな」
「何言ってんの。こんな所で寝っ転がってたって…
…まぁ、少しくらいならいいか」
扉の下を流れる風が、火照った体を涼しく撫でる。
「…絶対に出ようね、シュウ」
「…うん」
このダンジョンを脱出したとき、ジュナは何と言うだろうか。
そして、俺は、何と言えばいいのだろうか。
もしこの出会いがほんの気まぐれのようなもので、
一旦ここを出れば、別の道を行くことが宿命だとしたら、
あるいは、ジュナがそれを望んでいるとしたら…
心残りの無いような言葉を選びたいと、俺は思っていた。
でも、もしも…
「さ、行くわよ」
「…え、もう!?」
「だから言ったでしょ、こんな所にいてもしょうがないって。
ほらっ早く!」
「もうだめ、疲れて動けない」
「だから今休んだんでしょう! 本っ当にシュウはだらしないんだから!」
「あっ! 待っててば!」
立ち上がったジュナの影が、細い通路に伸びていく。
俺は疲れた体を起こし、歩き出したジュナを、慌てて追いかけた。
(終)